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イタリア人がぼんやりするときはハムに夢中らしい

人の話を聞いている時に、なぜか他のことが気になってしまい、ついつい話を聴き逃してしまう。誰もがそんな経験をお持ちかと思います。

 

今、目の前にいる人は、こんなにも一生懸命話しているけれど、ほくろが気になって仕方がない、歯並びが気になって仕方がない、一本だけある白髪が気になって仕方がない、自分が気になっていることが気になって仕方がない。とにかく気になって気になって話に集中できない。そんなことって、あると思います。

 

そんな時、こちらに突然話がふられて、話をてんで聞いていなかったのでなんと返していいのかわからない、なんてこと、ありませんか。

 

そうしたときに、なんと答えるのが正解なのでしょうか。

 

「申し訳ありません、聞き逃してしまったようなのでもう一度ご説明いただけますか」

「すみません、ひとえに私の能力不足でフォローしきれなかったのですが...」

 

と、こんな陳腐なことを言うのが良いのででしょうか。

 

個人的には、こうした答えはよろしくないと思います。

こんなことを言っても、相手はどうせあなたが話をきちんと聞いていなかったことに気づくでしょうし、そもそももう一度説明してもらっても、結局行き着く先は同じです。すぐに気が散って、結局相手の話がまたわからない、ということになるだけです。

 

そして、陳腐な発言をすることで、相手のあなたに対する興味は失せ、その場を立ち去ってしまうかもしれません。相手がただの知り合いならいざしらず、大事な商談の相手だとすると、これはいけません。

こうならないために、こちらの落ち度を認めつつ、相手の関心をグイとひきつける必要があります

 

さて、それでは、どうすれば良いのでしょうか。

そのことについて考えるために、まず下の秀逸なイラストを御覧ください。

  

 

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さて、いかがですか。 あなたの目の前にいるのが、何かわかりますか。

 

そう、まぎれもなく、おうまさんがいます。まごうことなきおうまさんです。そして彼は、一心不乱にハムをいただいています。

さあ、皆さんの目にも明らかだと思います。このまごうことなきおうまさんは、ためらいもなく自らの耳にハムをぶち込んでいます。そう、まごうことなき完全無欠のハムが耳から一寸の迷いもなく飛びてているのです。

 

 

イタリア語にはこんな言い回しがあります。

 

avere le orecchie foderate di prosciutto

アベーレ レ オレッキ フォデラーティ ディ プロッシュット

「ぼんやりとしていて何も聞こえない」

「当たり前のことがわからない」

 

avere (アベーレ) は英語のhaveに、le orecchi (レ オレッキ) は「耳」、foderati (フォデラーティ) は「塞がれた」、di prosciutto (ディ プロシュット)は「ハムで」という意味ですから、直訳すると、「ハムで塞がれた耳を所持している」となります。

 

そしてこれがひるがえって、「ぼんやりとしていて何も聞こえない」のようになるわけです。おそらく、7回転半ひねりくらいひるがえったあとに、ムーンサルト、そこからのシライ。それくらいひるがえっています。

 

いや、もうわけがわからないです。体操もよく知らんのに体操で例えようとしたがために、もっとわけがわからなくなりました。

 

さて、「ハムで塞がれた耳を所持している」というのはとても長いですから、ここは思い切って、「耳ハム」と略させてください。ハムと耳が関係しているので、「耳ハム」です。

 

少し話がずれますが、「耳ハム」という略し方は、非常に理にかなっていると同時に、大変卓越した略し方でもあります。

 

まず、耳とハムという、原文にあった欠かせない要素をしっかりとおさえています。

そして、4拍 (モーラ) です。日本語における4拍の落ち着き加減は最高です。「ベタベタ」「モチモチ」というオノマトペが4拍なのを始め、「パソコン」「コンビニ」と、略語は4拍が多く、AKB48小嶋陽菜だって、「こじはる」の4拍です。これが「こじはるな」となったら大変です。

さらに、耳ハムは、「生ハム」とかかっています。どこがかかっているかって、そりゃ、皆さんが気合で判断してくださいよ。かかってるものはかかってるのです。

さらにさらに、耳ハムは「耳たぶ」ともかかっています。そりゃ、もうどこからどうみても明らかでしょう。気合だ気合だ!

 

と、「耳ハム」がいかに理にかなった表現であるかということを述べてきましたが、ここまでの議論についてこられなかった方もいるかもしれません。

 

でも、安心して下さい。

 

 

 

 

 

 

私もわけがわかりません。

 

さて、話を戻しましょう。相手の話を聞いていなかった時にどう返すべきか、ということでしたが、私は、こう言うべきだと思います。

 

 

 

「すみません、耳ハムでした」と。

 

 

 

すると相手はこうなります、

 

「こいつ...(話を聞いていないどころか、耳ハムとかわけの分からないことを言い出した)...できる!」

 

そして、こう言うでしょう。

「なるほど、それはどういうことでしょうか。ご説明いただけますか」

 

そうしたら、ここぞとばかりにうんちくをかましましょう。

「イタリア語では、耳にハムを詰めるのです」

 

すると、相手は神妙な面持ちかつ納得のいった顔でこう言います。

「はい...?」

 

そしたら、こちらもこうです。

「ほ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は皆様に問いたい。

 

 

 

こんなことを言うために、2000字も書く必要があったのか、と。