ITAMINKIA

イタミンキア イタリア語を面白おかしく学びたいをモットーに、おうまさんが運営しています。時々日本語教育の話も混ざりますが仕様です。

名曲に見るイタリア人のあま〜い愛情表現

当ブログはどこからどう見ても新進気鋭の社会派ブログです。社会に様々な問題を投げかけ、その投げかけたすべての問題を高速を超える速さで取り下げてきました。

 

そして今回も、社会に全力で問題提起をして、全力で撤回したいと思います。今回のといかけは、「最近トイレに行くと赤い血が混じるけど、これは今の社会保障制度の落ち度を象徴しているのではないか。そういった些細な日常の苦しみをすくい取れない社会に日本はなったのではないか」というものです。当ブログはイタリア語・イタリア文化に対する考察を重ねてきましたから、今回も日本とイタリアを対照させて問題提起とその解決策を探ろうと思います。

 

 

取り下げます。

 

 

 

別の話題について語ります。「イタリア人の愛の深さについて」です。聞いてください。

 

イタリア人と関わりを持ったことがある人はいますでしょうか。関わりを持ったことがなくても、イタリア人は愛情深いというイメージを持っている方は少なくないと思います。イタリアといえば「愛の国」。あながち間違ってるとは言えません。

誕生日の日に恋人にバラをプレゼントする、毎日愛し合っている人とキスをする、結婚20年目でも仲睦まじく手を繋いで歩く...こういうことを平気な顔で、当たり前のようにできるのがイタリア人です。そう、イタリア人は「dolce(ドルチェ)(甘い)」なのです

 

日本人は愛に飢えていると思っています。愛に飢えているのに、それを表現することを恥ずかしがります愚かなことではありませんか? 愛に飢えているなら、それを表現して、心の穴を埋めるべきなのではないでしょうか? 毎日、毎分、毎秒、愛している人に「愛している」と伝えるべきなのではないでしょうか愛している気持ちを、気持ちだけで終わらせずに、形にするということが今の日本社会には求められているのではないでしょうか。もし、あなたが愛されていないと感じるのであれば、それはあなたが「愛していないから」です。

今隣に愛している人がいるなら、照れずにいいなさい。"Ti amo(愛している)" と。イタリア人は毎秒言っていますよ。"Ti amo"と。そう、"Ti amo"です。覚えましたか。さあさあ、エッビッバディ、セイ!

 

 

日本人は今こそイタリア人に「愛」を学ぶべきなのです。

 

 

 

イタリア人の愛情の豊かさはイタリアンポップにも現れています。ここではその中の一曲、 Tiziano Ferro(ティツィアーノ フェッロ)の「Indietro(インディエートロ)」という曲を紹介しましょう。

 

www.youtube.com

 

ティツィアーノ・フェッロはイタリアの超大御所歌手で、日本でいう森進一のような存在です。そんな彼の曲が歌う曲はどれも甘く、イタリア人を虜にしているのですが、"indietro"は、そんな彼の数々の甘い作品の中でも特に甘い作品だと私は考えています。

 

まず曲の冒頭が

 

Io voglio regalarti la mia vita

僕の人生を君にあげたい

Chiedo tu cambi tutta la mia vita, ora

今すぐにでも僕の人生を変えてほしいんだ

 

と、最初からフルスロットル全開で飛ばしています。

そして唐突に甘ったるいフレーズはやってきます。

 

Ti do questa notizia in conclusione

最後に、君に伝えたいこと(notizia)があるんだ

Notizia è l'anagramma del mio nome, vedi

"Tiziano"っていう僕の名前を並べ替えると、"Notizia"になるんだよ

 

 

きもおおああまあああああああああああああい!!!!

きもくない、あまあああああああああい!

あまい!!!↓*1

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私はティツィアーノ・フェッロが大好きです。

彼の"rosso relativo"という曲がキッカケでイタリア音楽を好きになり、彼の様々な曲を聴いてイタリア語を覚えてきました。いわば彼は私の「師匠」です。

それほど彼に陶酔している私ですら、最初にこの歌詞を聴いたときは抱腹絶倒の衝撃を受けました。

そしてこのキモ面白さ甘さを誰かと共有したいという一心で、何人かの友達にこの話をしたところ、みんなに口をそろえて

 

「えッ、ロマンチックで素敵な歌詞じゃないか!」

というではないですか。

 

その時私はこう思いました。

あぁ、こいつらの頭はティラミスでできているんだな」と。

もうお前らのあたまは沸騰したコーヒーと一緒に溶けてしまえ」と。

 

イタリア人アーティストは大体「アモーレ(愛)」について歌っています。

アモーレに関する名曲が数多くあるので、みなさんもイタリアンミュージックに酔いしれて愛の神髄を感じてください。

 

それでは最後に私からも1つ「notizia(ニュース)」を。

 

 

 

 

Il “Dream” è l'anagramma della “Merda”

「夢(Dream)」を並び替えると「うんこ(Merda)」になるんだよ

 

 

 

 

 

 

くさああああああああああああああああああい!!!*2

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*1:イラストは全てHさんからのもらいもの

*2:当記事はFくんの寄稿です

イタリア語でパンツについて考えると真理が見えてくる

唐突な質問で恐縮ですが、言い切ります。ごめんなさい。

 

「みなさん、毎日パンツを変えていますか?」

 

パンツは大事です。人間の身体の一番のプライベートゾーンを守ってくれますから、なくてはならない物です。皆さんはそんなパンツを大事にしてやっていますか。可愛がってやっていますか。毎日ちゃんと変えていますか。

 

昔、うちの母親に聞いた言葉があります。

 

「大学生の男子は、パンツを二日履いて、裏表でも使うから、一枚のパンツで四日もつ」

 

なぜか、この母のフレーズをよく覚えています。他にも大事なことがあったはずなのに、私はこのフレーズだけしっかり覚えています。その当時は、「なるほど、頭がいいじゃないか。ひっくり返しているから清潔だし」などと謎の供述をしており、「後悔していない。一枚のパンツを4日使うのは非常にロジカルである」とうわ言のように繰り返していたのは私です。

 

そこで冒頭の質問に戻りますが、皆さんは毎日パンツを変えていますか。毎日変えているという人は、どうして毎日変えているのですか?毎日変えないと不潔だから?じゃあトイレに行くたびに変えなければいけないのでは?いや、そもそもそんなこと言い出したら毎秒変える必要があるのでは?

 

しかし、そもそも、パンツを毎日変えるという必要性を疑うこともできるかもしれません。常識を疑ってみるのです。パンツだって生き物です。生き物である以上、「かえないで〜かえないで〜」とこちらに語りかけてきています。「わたしまだやれるよ〜まだこれからだよ〜あなたの大切なものをおさえられるよ〜」と叫んでいるに違いありません。

 

「パンツは変えるべきか否か」というテーマですが、実は、私は長年大切にしてきました。しかし、つい先日ついに答えが出てしまったのです。それを皆さんと共有させてください。

 

答えは思わぬところにありました。そう、イタリア語です。イタリア語では「パンツ」のことを"mutande(ムタンデ)"と言います。初級の段階から出てくる超重要単語です。そして、mutandeの語源をたどると、驚愕の事実に気づかされるのです*1。以下はイタリア語辞書Treccaniからの引用です。

 

mutande s. f. pl. [lat. mutandae «da mutarsi» gerundivo di mutare «cambiare», sottint. vestes o sim.].

 

簡単にいうと、mutandeはラテン語由来で、"mutare(変える)"という動詞のgerundivo形(動詞的形容詞)からきており、"mutandae (da mutarsi)(変えなけえばならない)"という意味を持っている、ということらしいのです。

 

 

なんということでしょう。

なぜ私は、イタリア語を始めてからかれこれ8年間、この事実に気づかなかったのでしょうか。

こんな身近に答えが転がっていたにもかかわらず、長年無意味に頭を悩ませてきたことを、私は恥じます。恥じ入ります。

 

 

 

 

 

 

 

今日からちゃんとパンツ変えます↓*2

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*1:この事実に気付かせてくれたEさんに感謝したい

*2:イラストはHさんからのもらいもの

第二外国語はイタリア語がオススメ

第二外国語を何にしようか、迷っている方、いると思います。

特にイタリア語業界の回し者でもなんでもありませんが、迷っている方にはイタリア語をお勧めします。

とはいっても、理由なく勧める訳ではなく、様々な理由がありますので、ぜひ、以下に当てはまる人はイタリア語をチョイスしてみてください。

 

1.発音が苦手だ...

発音が苦手だという方、いらっしゃると思います。わかります。外国語の最初の難関は、やはり発音です。そして、私はこれには二種類の問題があると思っています。

 

①発音がそもそも難しい

日本語にない発音の仕方をする言語は多いですから、そもそも口が動かないという問題です。

②表記と発音がずれている

表記からは予想もつかない発音を要求されることがあり、うまく読めないという問題です。

 

①は、実際にネイティブやその言葉に詳しい先生と一緒に練習しなければ越えられない壁です。こうしたとっつきにくさが、第二外国語の最初のハードルです。

しかし、イタリア語は①のような問題が少ない言語です。イタリア語の発音は日本語と大変似ていて、与しやすいです。口が動かないということはあまりありませんのでご安心ください。

②は独学の時にとても困ります。せっかく単語をたくさん覚えても、その発音もしっかり覚えなければ使い物になりません。単語を覚える際に、表記と音を両方覚えなければならないということです。

しかし、イタリア語は②のような問題が少ない方です。表記と発音がかけ離れていることが少なく、ある程度のルールを覚えてしまえば、読めないということはありません。

 

発音が苦手な人はぜひイタリア語にチャレンジしてみてください。案外あらたな第二外国語人生が開けるかもしれませんよ。

 

2.慣用句的表現が苦手だ...

慣用的表現が多くて外国語はいやだ、という方、いると思います。英語はイディオムとか言っちゃってたくさんのフレーズがありますよね。わかります。大変厄介です。しかし、安心してください。イタリア語は、あくまでも私の個人の感想ですが、英語などと比べると、慣用的表現が少なめだと思います。英語だと、語の組み合わせによって全く異なった意味を表したりしますが、イタリア語ではそういったものは少なく、単語を覚えればそのまま素直に使えるものが多いです。その分単語を覚える負担は増えるかもしれませんが、そこはどの言語にも言えることですから仕方がありません。その中でも、語と意味が一対一対応してくれているというのは、大変な強みです。

 

一つの語がいろいろな意味を持っていて、覚えきれないよ、と悩んできた方はぜひ、イタリア語にチャレンジしてみてください。コツコツ単語を覚えれば、それだけ成果がでる言語だと思います。

 

3.ヒョロガリだ...

わかります。たべてもたべても太らない。筋トレをしてもしても筋肉がつかない。そんな方も多いと思います。心配ありません。そんな方にこそイタリア語です。イタリア語は主にイタリア人が話す言語です。

皆さんは今まで何かの機会でイタリア人を見たことがありますか?そう、イタリア人はマッチョです。生まれた時からマッチョです。イタリア語と筋肉には切っても切れないつながりがあるのです。

 

ヒョロガリな自分にさよならしたい、そんなあなたにお勧めの言語です。ライザップよりもイタリア語。イタリア語を学べば、文法がまるでプロテインのごとく、単語を一つ覚えることが効果的な筋トレのごとく、気づけばあなたは筋肉質な体を手に入れていることでしょう↓*1

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4.猫背だ...

わかります。猫背はみっともないですよね。でも治そうと思ってもなかなか治せません。なぜ猫背が治らないのか。それはあなたの体の問題ではありません。答えはあなたの内面にあるのです。そう、自信がないから猫背になるのです。自信をつけたい、そんなあなたにイタリア語です。

イタリア人を見てください。あの憎たらしいほど自信たっぷりな顔!彼らの言語を学べば自然と自信がつき、猫背のあなたとはもうさよならです。

また、イタリア語を発音するためにはお腹から声を出さなければなりません。オペラをご存知でしょうか。オペラはイタリア語の歌です。オペラ歌手に猫背はいません。猫背ではお腹から声を出せないからです。そうです、イタリア語を学ぶと自然と猫背が治ります。

 

猫背で悩んでいる方、イタリア語はどうですか?もうアルマジロなんて呼ばせない!

 

 

5.チェリーボーイだ...

わかります。あなたがチェリーボーイであること、大変遺憾に思います。でもそれはあなたのせいではありません。あなたの魅力に気づけない周りのせいです。それでは、あなたの魅力はどうやったら相手に伝わるのでしょうか。そうです、イタリア語です

イタリア人を見てください。あのモテモテの浮気ものたち!イタリア語を学んで少しでもあいつらに近づくのです!

 

チェリーbp−いでなyc根でいるあんた絵にいたっリアご!hoooooooooooooooooooo!!

 

 

 

 

 

 

この記事、一ミリも役に立たないと思ったあなた、そう、

 

 

 

 

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*1:イラストはHさんからのもらいもの

イタリア旅行で気をつけたいトラブルとその圧倒的対処法

これからの季節、旅行でイタリア に行ってくる!という方も多いのではないでしょうか。旅行先として大変人気なイタリアですが、一方で、軽犯罪も多く、治安に一抹の不安もあるところです。

以下では、イタリアでは特に気をつけたい場面を5つ挙げ、その対処法を書いていきますので、皆様のお役に立ててください。

  

1.観光地で押し売りにあった場合

ミラノのドゥオーモ広場やベネチアサンマルコ広場など、イタリアの有名観光地では必ずと言っていいほど押し売りがいます。やつらは日本人をみつけると、「コンニチハ、アミーコ(友達)!」と馴れ馴れしく話しかけてきて、頼んでもないのにミサンガを巻いてきたりハトの餌を手に握らせたりしてきます。そして、最終的に「金よこせ」と言ってくるという、厚顔無恥のコンボをかましてきます。こちらとしては大変困りますよね。時間も取られるし、不快な気持ちになるし...

 

そこで、こんな時は、毅然とした態度でこう言ってやりましょう。

 

Posso pagare in natura?

ポッソ パガーレ イン ナトゥーラ?

身体で払ってもいい?

 

突然のカウンターパンチに相手は驚愕するでしょう。そして、あなたのカウンターになすすべもなく、このフレーズを言った瞬間にへこへこしながらその場を去っていくでしょう↓*1

これで厄介な問題を一つ、スマートに解決できました。

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2.駅で因縁をつけられた場合

イタリアでは一息をつく暇もありません。広場が戦場なら、駅も戦場です。気を抜くことはできません。なぜかというと、駅では列車案内のような輩がいるからです。そしてこれは大きく分けて二種類に分けることができます。

 

①券売機でチケットを買うのを手伝ってこようとするヤツ

初めての場所では、誰もがチケットを買うのに手惑います。そんな時近寄ってきて、チケットを買うのを手伝おうとする奴がいます。あなたが手伝って欲しくなくても手伝ってきます。そしてその代わりにお金を求めてくるのです。

 

②列車を探していると一緒に探そうとしてくるヤツ

こちらが列車を探していると、おもむろに近寄ってきて「そのチケットを見せてごらん」ときます。うっかり渡そうものなら、そのチケットを持ったまま、乗るべき列車に案内してきます。こちらがそんな案内はいらないと言っても聞きません。そしてそのサービスの代わりにお金を求めてくるのです。

 

こんな奴らには、決然としてこう言ってやりましょう。

 

Posso pagare in natura?

ポッソ パガーレ イン ナトゥーラ?

身体で払ってもいい?

 

いただいたサービスにそれ相応の対価を見せつけてやらねばなりません。相手のサービスにそれだけの価値があると見せつけてやれば、相手は逆に恐縮して尻尾をまいて逃げるでしょう。この問題もスマートに解決できました。

 

3.人種差別的な因縁をつけられた場合

イタリアがどんなに愛にあふれる国であったとしても、残念ながら差別をする人はいます。まぁ、差別といっても、大抵は道で「中国人」と叫ばれたり、指を指されて笑われるような実害のないものがほとんどです。しかし、たまに泥酔した輩や頭のおかしい輩が直接的に因縁をつけてきて絡んでくることもあります。

かくいう私も以前早朝の電車に乗っていた時に、泥酔したグループに因縁をつけられ囲まれたことがあります。このときは幸運にも車掌さんが見回りに来てくれたので事なきを得ましたが、周りに助けを求めることができず、自分で切り抜けなければならない状況が出てくると思います。そんな時はこう言えばいいのです。

 

Aiuto… Al posto di pagare in contanti, posso pagare in natura?

勘弁してくれ...お金を払う代わりに、身体で払ってもいい?

 

イタリア人はウィットに富んだジョークが大好きです。輩とて例外ではありません。

このフレーズを言うやいなや、すぐに破顔一笑で握手を求めてくることでしょう。そこからはあなたのテクニックの見せ所です。

 

4.レストランでぼったくられそうになった場合

イタリアと言えばおいしい食事、せっかくなので本場のイタリアンを現地で味わいたいですよね。

しかし、レストランによっては観光客をターゲットにして高額な代金を吹っかけてくるところもあります。もしもそんなところで食事をしてしまい、目が飛び出るような数字が会計に記載してあった場合は、まずは1つ咳ばらいをして落ち着いてこう言いましょう。

 

Mi scusi, in realtà non ho così tanti soldi, quindi potrei pagare in natura

すいません、こんなにたくさんのお金を持っていないので、身体で払ってもいいですか?

 

"potere(できる)"の条件法現在の一人称単数形" potrei "を使うことでより丁寧な言い回しになっています。シーンにあわせたイタリア語を使うことで、「こいつは他のカモとは違う」ということが相手に伝わるでしょう。そこからはあっちの方でも他のカモとは違うことをみせつけte...

 

5.道で募金と署名を求められた場合

日本でもたまに見かける光景ですが、イタリアでもよく募金活動や署名活動を行っています。観光地での募金活動のほとんどは金目当てのものだと思ってください。署名をさせて、こちらに高額なお金を求めてきます。そんなエセ募金活動に引っかかってしまったら、こう言ってください。

 

Il cazzo che me ne frega! Però posso pagare in natura!:)

興味ないよ、でも募金は身体で払うよ:)

 

これで円満解決です。みんな幸せ。 

 

 

 

いかがでしたでしょうか。

 

正直、イタリアもいろいろな人がいるので、予想の斜め上をいくトラブルが起こりうる可能性はあります。

それでも気後れせずに、凛とした態度で臨めば大抵のことは大丈夫、オールオッケーです。こまった時には「ポッソ パガーレ イン ナトゥーラ?」です。この魔法のフレーズさえ覚えておけば問題ありません*2

 

この記事が皆様の旅行において少しでもタメになれば幸いです*3

 

 

Buon viaggio!(良い旅を!) *4

*1:イラストはHさんからのもらいもの

*2:本当に身体で払うことになっても当ブログは一切の責任を負いません

*3:当記事はネタ記事です

*4:当記事はFくんが責任執筆者です

イタリアのパスタなんて大したことない

わたしは怒っている。激怒している。

 

何に激怒しているかというと、イタリア人が自分の国のパスタに対して圧倒的な自信をもって、誇らしげに「イタリアのパスタはうまい。日本のパスタは美味しくない」ということにだ

 

言わせてもらおう。イタリアのレストランのパスタなんか、たいしたことない。皆さんは不思議に思われるかもしれない。でも事実だ。イタリアのレストランのパスタは別にそこまで美味しくない。

 

お金がないわたしもかれこれ数十回はイタリアのおしゃれなレストランでパスタを嗜んできた。それなりに矜持をもってパスタを食してきたという自負がある。だからわたしは「イタリアのパスタは美味しいそう」という日本人に、そして「日本のパスタは美味しくない」というイタリア人に言ってやりたい。

 

「いや、お前、それ本気でいってんの?」と。

 

わたしは怒っている。イタリア語でいうならこうだ。

 

Mi sono arrabbiato.

ミ ソーノ アッラビアート

「怒ったよ」

 

これは “arrabbiarsi” という動詞をつかったものだ。これよりもっと強く言ってやりたい。そこでこうだ。

 

Mi sono incazzato.

ミ ソーノ インカッツァート

「激おこだ」

 

こっちは “incazzasrsi” という動詞を使った汚めの言い方だ。わたしの今の気持ちはこちらにより近い。

しかしこれでも足りない。わたしは今こう言ってやりたい。

 

Mi sono incazzato nero.

ミ ソーノ インカッツァート ネーロ

「超激おこだ」

 

先ほどの動詞に「くろい」という意味の “nero(ネーロ)” を足したものだ。イタリア人は怒った時に「黒くなる」らしいのだ。漆黒の怒りが我の体内を巡り、五臓六腑が踊りたもふ、とまあこんな感じだ*1

 

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さて、話を戻そう。イタリアのパスタがうまいなどどいうのは都市伝説だ。「イタリア」というイメージにだまされている。今後旅行する方は気をつけて味わって欲しい。イタリアでパスタを食べて美味しいと思ったなら、それはパスタが美味しいのではなく、イタリアという地で、パスタを食している自分がオイシイと思っているだけだ。オイシイパスタは日本にもある。

 

そこでわたしが今からほんとうにオイシイと思うパスタを提供する日本のレストランを紹介しよう。

その名も鎌倉パスタだ。

 

www.saint-marc-hd.com

 

ちょううまい。すごいうまい。ほんとうに美味である。ほっぺが落ちるほど美味だ。

特においしいのが「高菜と鶏肉のピリ辛パスタ」だ↓

 

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和風ベースのだしと高菜の味がいい具合に絡まっており、口に入れるとそこに肉のうまみが広がる。そして、唐辛子のちょいピリ辛な刺激が口の中を食欲を倍増させるのだ。美味しくないわけがない。皆さんはイタリアなど行かず、こちらを食して欲しい。むしろイタリアに行って鎌倉パスタを探して欲しい。

 

 

しかしもっとうまいところがある。ご存知だろうか。

そう、皆さんもよくご存知のサイゼリアだ。

 

www.saizeriya.co.jp

 

もうたまらなひ。たまらなく美味にてそうろふ。ふぁみりひれすとらんだと思ひて侮ることなかれ。

 

 

しかし、ほんとうにオイシイのは、セブンプレミアムの「「日清 名店仕込み」すみれ 札幌濃厚味噌」だ↓

 

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濃厚なスープもさることながら、麺がいい。太麺で腰があって食べ応えがある。これで税込278円とくるのだから、もう買いだ。非常食にもなる、オールマイティな逸品である。

 

 

 

 

おいひい...らーめんおいひいよ...

 

 

 

 

 

 

*1:イラストはHさんからのもらいもの

【個人の雑感】イタリアのいじめ問題について

タイトルの通りですが、あくまでも個人の感想であり、意見であるということだけを押さえておいていただければ幸いです。

 

日本ではイタリアのポジティブなイメージが先行しすぎているように思います。その一つ一つは当たらずも遠からずというところももちろんありますが、偏見化したものもいくつかありますから、その扱い方には気をつけなければならないと思います。

今回はその中の一つ、「イタリア人は陽気である」というイメージ及びそれに付随する「いじめ問題」について語りたいと思います。

 

1.イタリア人は陽気か

「イタリア人は陽気である」というイメージを持っている方、いませんか。このイメージに対して私がYesかNoで答えを与えるのであれば、その答えは、Yesでしょう。いろいろ思い当たることを考えてみましたが、私の知り合った友人は大抵が陽気な(というか正確には人見知りをしない人間が多かったように思います。

程度差はありますが、個人より集団でいることを好み、悩みを一人で抱えずに相手と共有する傾向にあります

 

2.イタリア人は相手とのつながりを大事にする

集団でいることを好みますから、相手とのつながりを大事にします。自分には所属するべきグループがあるということが一つのステータスになっている、ともいえますし、何をするにもグループ単位で動くことが多いですから、友達とのつながりを大事にしているといっていいと思います。

 

3.グループは徒党と紙一重

ここまではとてもいいことかのように思えますが、グループ単位で行動することはいいことばかりではありません。グループは徒党化する可能性を大いに秘めています。つまり、グループで意識共有、意見共有をすることになるため、「個人にとって嫌なこと」は「グループにとって嫌なこと」になります

グループに所属するメンバーの一人が誰かと喧嘩したとしましょう。グループはもちろん喧嘩する側の味方になることが多いですから、そちらの立場ばかりを優先して、喧嘩した相手側の言い分を知ることなどできません。するとグループとしてはこうなるわけです。「うちの愛しいメンバーを傷つけたあいつは最低だ」

そしてグループは徒党と化し、時には声高にあることないことを叫び出します。そして喧嘩した相手側はなすすべなく自分の悪い噂が広がるのを指を加えて見ているしかできなくなるわけです。

相手側もグループも徒党化したら大変です。それこそ関係ない人まで巻き込んでの代理戦争です。実際にここまでになることはすくない、というか見たことはありませんが、その萌芽というか、「あ、これ、怪しいゾ」というのは腐る程見てきました

 

4.グループ主義は疎外感をうむ

グループでいることは時に疎外感を生みます。グループの全てのメンバーが等しく同じ扱いを受けるということはありません。その中の何人かはのけものにされる(されやすい)こともあります。これは間違いなく疎外感につながります。バカみたいな話ですが、「彼(彼女)はめんどくさいからライン*1グループから外そう」なんていう会話も聞いたことがあります。実際の人間関係がバーチャツルな世界とリンクしてしまうわけです。最近は、SNSの進化によってグループ(の存在)が可視化できてしまいますから、技術の発達はある面では酷な環境を生み出す源になりかねません

そしてこういう会話を聞いた側は、たとえ関係ない立場であったとしても、そこからはライアーゲームです。「私は知らないところでのけものにされていないか」とか「私の知らないところで何か楽しいことをしているのではないか」と疑いだしたらもうきりがありません。疎外感は、実際に疎外されていてもされていなくても存在します

 

5.イタリアの集団主義と日本の個人主義*2

集団主義個人主義のどちらが正しいか、という議論はするだけ時間の無駄なのでしません。ここで言いたいのは、そのどちらもが危うい部分をはらんでいるということですイタリア人は陽気でいつも友達と一緒で楽しそう、というイメージはあながち間違っていませんし、大方の人は優しくとても素敵な人が多いです(少なくとも私の友人の大半は、というちカッコ書きつきですが)。ただし、やっぱり私が見てきた範囲内だけでも、「あ、いまこの人たちは彼(彼女)を疎外しようとしている(疎外している)」という場面を見てきたし、実際に「疎外された・のけものにされた」という声も聞きました。なんでこんな記事を書いているのかというと、私の仲のよかった友人たちが、知らない間に内部分裂していて大変悲しい思いをしたという経緯もあるからです。

 

6.まとめ

何か一つうまくいかないことがあるとそれが10にも100にも増大して広まることがあります。私個人の話をとってみても、「あることないこと言われている」ということがあって大変悲しい思いをしたことがあります(イタリアでの話です)。大人のいじめは本当に陰湿です。無関心になれない子供な大人たちの口撃その他もろもろは辛辣です。口撃しないで、愚痴までに止めておきたいものです。

上記で書いたことは、何もイタリアだけに限られたことではないと思いますが、なぜイタリアと結びつけて書いたかというと、彼らが、何をするにも特定のグループという単位を好み、それがゆえに危うい部分が表面化しやすいと思うからです。日本は良くも悪くも個人で完結することも多いですから、イタリアよりはそういった問題は少なそうに見えます*3

イタリア人は陽気だからみんな楽しそうにやっていると思っている方もいらっしゃるかもしれませんが*4彼らは彼らなりに闇の部分を抱えているということを理解しておく必要もあると思ったので、個人の雑感として残しておきました*5

*1:またはワッツアップ、なんでもいいですその辺のSNSアプリ

*2:ここでは交友関係の話に限定しています

*3:相手の弱みを見るや否やネットとかで匿名の人物と徒党を組んでそのターゲットを不幸のどん底に追い込もうとする人も少なくはないですが、これもむしろ個人主義の具現化でしょう

*4:実際にそういう人も多くて、だから「日本人はダメだ」みたいな論調を、イタリア人・日本人問わず聞いたことがあります

*5:いうまでもなく自戒も込めています

【イタリア語】サボテンがパンツの中に入ったら...【おもしろ表現】

人間ってどういう反応をするんですかね。

 

私、生まれてからこのかた、一度も「サボテンがパンツの中に入ったこと」がありません。ていうかそもそも身近にサボテンがありませんし、あったとしてもそれがパンツの中に入るという奇妙奇天烈な状況になるとは到底思えません。

パンツの種類によっては入りやすいとか、時間帯によってはどうしても入ってしまうとかあるんですかね。そうだとしたらこれは大問題ですよ。不法侵入甚だしいですよ。なんたって人間の一番のプライベートゾーンですから。

 

もし、皆さんの中で「サボテンがパンツの中に入ったことがあるよ」という人がいたら教えてください。

 

なお、その際、入った時間帯及びその時履いていたパンツの色、形状等々を詳細に伝えていただければ、こちらで統計処理をして「サボテンのパンツの入りやすさ」に考察を加えておきます。

 

 

 

っていうどうでもいい意味不明な話はよくて、そんなサボテンとパンツを使った表現がイタリア語にあるみたいなんですよね。それがこちら↓

 

cacutus nelle mutande

カクトゥス ネッレ ムタンデ

直訳: パンツの中のサボテン 

「いやだなあ」

 

まあ、確かにサボテンのトゲがパンツの中に入ったらいやですよね。でも、どうしても「どうしてサボテンなのよ」、というツッコミを入れたくなります...サボテンがパンツに入ったことがない私としては、どんな感じなのかいまいちピンとこないですねぇ。

うーん、どうしてなんですかね。

イタリア語はそういうどうしてそれなのよ、っていうのが多すぎます。お尻の表現とかね

 

k-lieux.hatenablog.com

 

 

 

で、この表現どう使うかというと、例えば嫌なヤツとかに使うみたいで、皮肉的に

 

Sei simpatico come un cacutus nelle mutande.

セイ シンパーティコ コメ ウン カクトゥス ネッレ ムタンデ

「君は本当にいいやつだなあ!!(皮肉)」

 

なんて使えるみたいです。直訳すると「君はパンツの中のサボテンみたいにいいやつだな」です。

面白い表現だなあなんて思ってずっと大切に心にとどめておいて、ある時使ってみたんですけど、その時は「え、なにそれ、どゆこと? そんなん言わないよwww」とか言われました。これって結局個人の表現なのかもしれません。

 

 

 

面白いと思うんだけどなぁ...

 

 

 

 

というわけで、こんな表現聞いたことあるよ、という方は、ぜひ私にその時履いていたパンツの色と形状を教えていただければ幸いです。

 

 

 取り急ぎ御礼短信のみにて失礼いたします。

 

 

 

#サボテンパンツyeah*1

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*1:イラストはHさんからのもらいもの