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ITAMINKIA

イタミンキア イタリア語を面白おかしく学びたいをモットーに、おうまさんが運営しています。時々日本語教育の話も混ざりますが仕様です。

【和訳】"Meraviglioso" - Domenico Modugno, Negramaro

 

"Meraviglioso"とは

イタリアの名曲、"Meraviglioso"の和訳です。"meraviglioso(メラビリオーゾ)"は、驚くほど「すばらしい」という意味です。英語のマーベラスですね。

この曲は、1968年にDomenico Modugno(ドメニコ・モドゥーニョ)によって発表されたものですが、2008年にNegramaroというバンドによってカバーもされています。どちらもとてもマーベラスですが、昔の曲調は耳に合わないという方は、Negramaro版から聞くのもありかと思います。こちらの方がかなり現代調になっていますので。

解説というほどのものではありませんが、最後に簡単な解説及び曲に対する意見なんかもベロベロ吐き出しました。

 

Meraviglioso -Domenico Modugno


Meraviglioso - Domenico Modugno

 

Meraviglioso -Negramaro


NEGRAMARO - Meraviglioso (video ufficiale)

 

歌詞と全訳

 

E' vero

credetemi è accaduto

本当なんだ、

信じてくれ、なにが起こったかを

 

di notte su di un ponte

ある夜、橋の上で

 

guardavo l'acqua scura

con la dannata voglia

di fare un tuffo giù

どうしようもなく飛び込みたい気持ちで

薄暗い水を見てたんだ

 

D'un tratto

qualcuno alle mie spalle

そしたら突然、

誰かが後ろで

 

forse un angelo

vestito da passante

mi portò via dicendomi

Così:

たぶん旅人の格好をした天使が

僕を引き止めてこういったんだ

 

Meraviglioso

すばらしいじゃないかと

 

ma come non ti accorgi

di quanto il mondo sia

meraviglioso

いったいどうして君は

どれだけ世界が素晴らしいかに

気がつかないんだ

 

Meraviglioso

メラビリオーゾ

 

perfino il tuo dolore

potrà apparire poi

meraviglioso

君の痛みもいずれわかるさ

すばらしいものだったと

 

Ma guarda intorno a te

che doni ti hanno fatto:

ほら、君の周りをみてごらん

どんな贈り物があるか

 

ti hanno inventato

il mare 

世界は君に海を

作ったんだよ

 

Tu dici non ho niente

きみは、自分にはなにもないと言う

 

Ti sembra niente il sole!

La vita

l'amore

太陽がなんでもないと言う

人生が

愛が

 

Meraviglioso 

メラビリオーゾ

 

il bene di una donna

che ama solo te 

meraviglioso

あなたのこと だけを愛してくれる女性

という幸福

すばらしいじゃないか

 

La luce di un mattino

朝の光

 

l'abbraccio di un amico

友人の抱擁

 

il viso di un bambino

こどもの顔

meraviglioso

すばらしいじゃないか

meraviglioso

すばらしいじゃないか

 

La notte era finita

e ti sentivo ancora

夜は終わっていて

まだあなたを感じていた

 

Sapore della vita

命のかおり

 

Meraviglioso

メラビリオーゾ

 

Meraviglioso....

メラビリオーゾ

  

解説っぽいなにか

Domenico Modugno(ドメニコ・モドゥーニョ)とは


この曲は、イタリアポップ音楽界のレジェンドの一人と言われるDomenico Modugnoによって発表されました。日本では「ボラーレ」で知られる"Nel blu dipinto di blu"の人です。「ボラーレ」は有名ですが、「メラビリオーゾ」はあまり、というかほとんど知られていません。

 

有名なボラーレ


Volare - Domenico Modugno - Nel blu dipinto di blu

 

"Meraviglioso(メラビリオーゾ)"を解説*1

何について語っているのか

さて、「メラビリオーゾ」の解説ですが、まず、この曲が何について語っているのか、ということを明らかにしなければなりません。一度聞けばだいたいわかるわかりやすいテーマを扱っていますが、ざっと言ってしまえば、「人生(または世界)がいかに素晴らしいのか」ということを語っています。「Meraviglioso(ああ、すばらしいネ!)」となんども言っているのが印象的ですよね。

曲の語り手

この曲の語り手は二人います。一人が冒頭で「本当なんだ、信じてくれ」と始める、いわばこの曲の主人公です。彼(または彼女)は、くらい海を見て、飛び込もうとしているわけです。そこにangelo、つまりエンジェルが現れて、「待った」をかけます。そしていかに世界が素晴らしいのかということを彼に語っていくわけです。このエンジェルが、海とか太陽とか愛とかの素晴らしさを語るところが、イタリアっぽくて個人的には大好きです。そして「朝の光」「友人の抱擁」「子供の顔」ときます。一見、なんでそのチョイス?となりそうですが、全てスッと「ああ、そうね」と思わせる絶妙なチョイスでもあります。

最初は死のうとしている主人公から始まり、そこからエンジェルさんの独話になります。そのエンジェルさんが世界がいかに素晴らしいかについて語るわけです。そして夜が明け、最後は主人公が言うわけです、この世界は「メラビリオーゾ」と。

実はこの曲、イタリア最大の音楽の祭典「サンレモ音楽祭」に、「ふさわしくない」という理由で受け入れられませんでした。おそらく最初のはいりが「自殺」になっていたからだと思われます。まあよく考えなくても、「死」を一切肯定していないのですが、不適切という理由でサンレモに受け入れられなかったことからも、当時はあまり流行らなかったことが予想されます。

素晴らしきものとして挙げられているモノ

私は正直未だによくわかっていません。素晴らしきモノとして「海」「友人の抱擁」「こども顔」が挙げられています。なんとなくわかるものの、これらは何を象徴しているのでしょうか。「海を美しい」と思う感覚と「友人の抱擁」に抱く感情と「こどもの顔」に湧き上がる思いは、一体...何でしょう。「自然」と「人間」への愛なのでしょうか。

加えて、"il bene di una donna che ama solo te(あなただけを愛する女性から得られる幸福感)"も素晴らしいものとして挙げられているわけですが、なぜ「女性」なのでしょう。Modugnoが男だから?または「女性」が何かを象徴しているのでしょうか。正直まだまだ検討の余地がある歌詞です。

Negramaroによるカバー

この曲は、30年の月日を経て、Negramaroという超有名バンドによってカバーされることによって、再び注目されることとなりました。曲調が少し違うのですが、歌詞はほとんど同じで、伝えたい内容を見事に伝えきった名カバーと言えるでしょう。彼らの貢献は、なによりも、かつての名曲を若者たちにも伝えたという点にもあります。ちなみに、筆者もNegramaroから入ったクチです。

さて、歌詞が「ほとんど」同じ、と述べましたが、微妙に異なっている点があります。例えば、以下のフレーズが明らかに違います。

 

[Domenico Modugno]

perfino il tuo dolore potrà apparire poi meraviglioso

きみの痛みもいずれ素晴らしくみえるさ

[Negramaro]

perfino il tuo dolore potrà guarire poi meraviglioso

きみの痛みもいずれ治るさ、ああ素晴らしい

 

明らかにModugno版では"apparire"でNegramaro版では"guarire"と異なっています。"apparire"は「現れる」、"guarire"は「治る」という意味なので全く逆になっているように見えます。ただし、Modugno版の"apparire”ですが、Modugnoのこの曲は、「痛みすらも美しく、その痛みと向き合おう」ということを言ってますので、ここでは、"apparire"は「〜に見える」と捉えるのが妥当です。つまりいわゆるS(痛み)V(〜に見える)C(すばらしい)の関係で、「痛みすらいずれ素晴らしく見える」が訳としては妥当であると考えられます*2

最初はModugnoの歌詞が間違っていると思っていましたが、何度聞いても"apparire"と言っているので、間違いなくこの解釈になります。そうするとNegramaro版の最後の"meraviglioso"が浮いていることに気づきます。"guarire"がSVC構文をとるとは考えにくいからです。なのでこれに訳を当てるとしたら、「ああ、すばらしい」と間投詞的に訳すしかないかもしれません*3

私の理解が正しいとすると、二つのバージョンで全く異なったことを言っていることになってしまいます。「痛みもすばらしい」と「痛みも消えるよ」ではだいぶ違います。それでいいのでしょうか。Negramaroの作詞作曲を担当しているのは、Giuliano Sangiorgi (ジュリアーノ・サンジョルジ)という現代イタリアポップ音楽界の天才なので、きっと何か意味があるのでしょうが、私にはその崇高な意図が読みとれません。何かあればご教示ください。

何を読み取るか

私はNegramaro版から入ったので、そうだね「痛みもいずれは治るよね」と納得していました。いわゆる「時が解決する」というやつですね。しかし、Modugno版では「痛み、それすらも素晴らしい」と言っているわけですから、かなり積極的な感じになっていますよね。「時が解決する」というのは、真理ではあるものの、ある種の「逃げ」(消極的)でもあるわけです。Modugnoは、「逃げる」のではなく、「戦え、世界はこんなにも美しい」と言っているように見えます。

大きな悩みがある時は、考えたくなくても考えてしまい、何も手につかないということがあります。そういった時に時が解決する」とそれを横に置いておくのも一つ、時間を確保してそれとがっぷり四つに組み合うのも一つですね。

 

 

 

 

 

 

*1:あくまでも私の解釈ということを理解していただけるとありがたいです。

*2:ちなみに、筆者は、まだイタリア語が全然わからなかった頃にこれを聴いて、"perfino(ペルフィーノ)(〜さえ)"を"delfino(デルフィーノ)(イルカ)"と思ってました。海の話してるし、イルカがなんかあんの?でもイルカ関係なくね?というアホ丸出しでした。

*3:何か別のご意見があればぜひご教示ください。

大物イタリア人ユーチューバーとコラボします

 

1.ブログのアクセス数を伸ばしたい

という欲にまみれた煩悩を持っております。もっとみんなにイタリアを知ってもらいたいとかもっとイタリアの魅力を知ってほしいとかという気持ちもなくはないですが、何よりも私は承認欲求の塊です。

 

2.というわけでアクセス数を伸ばすためには何をすればいいのか

を分析しなければなりません。分析にあたっては、私のない頭を振り絞って考えていくほかありません。なぜなら、私は調べるとか裏をとるとかそういう面倒臭い過程が大嫌いだからです。もっというなら頭を絞るのも大嫌いです。

パッと思いつく限りで、アクセス数を伸ばす方法はいくつかあります。

  • 良質な記事を書く

当たり前です。良質な記事を書かなければ読者はつきません。しかし私に良質な記事を書くことなど到底できません。思いついたことを口からベロベロ吐き出すことしかできません。大変遺憾です。なので別の方法を模索するしかありません。

  • 流行の話題に乗る

これも王道です。ホットイシューを扱えば、面白くない貧相な記事でも読者を引きつけることができます。しかし私にはホットイシューを探す意欲もそれを広げる力もありません。なので他の方法を模索するしかありません。

  • ブログのテーマを絞る

これもあたりまです。人気者かよほどの達筆な方でない限り雑記ブログにはアクセスは集まりません。見向きもされません。ターゲットをしぼらないといけません。そこでブログの内容を限定する必要があります。当方、これに関しては自信があります。当ブログ、「イタリア語」と「日本語教育」という縛りを設けております。しかしなぜかアクセス数は伸びません。どうしてですか

  • 炎上する

これも一つの手段としてはありです。いわゆる炎上商法というやつです。しかし私には炎上する勇気もなければ、炎上させるだけの煽りテクニックもありません。私には縁がありません。

  • 人気者に便乗する

人気者に便乗すれば、目に止まるかもしれません。これなら私にもできるかもしれません。

 

 

いやできるかできないかじゃない、やるんだ

 

 

ということで大物イタリア人ユーチューバーとコラボすることにしました。勝手に。

当ブログは、勝手に大物イタリア人ユーチューバーの広告塔になり、ありとあらゆる情報を嘘か誠か関係なく撒き散らし、アクセス数を稼ぐことにします。

 

3.イタリアとユーチューブ

は懇意な関係にあります。日本でもユーチューブはかなり浸透していますが、イタリアも例外ではありません。私のルームメイトも朝から晩まで寝る間を惜しんで見ていました。私も負けずと目を血走らせながら見ていました。ユーチューブ、ユーチューブ、マインクラフト、ユーチューブという日々を送っていました*1

日本でももちろんほとんどのユーチューバーが有象無象の中に埋もれるているわけですが、イタリアでも有象無象だらけです🐘 今回の当ブログの煩悩まみれの目標は、「アクセス数を増やすこと」ですから、有象無象とコラボしても仕方がありません。

 

4.そこでコラボするユーチューバー

を選定しました。今回は、"Signore oscuro(スィニョーレ オスクーロ)"というユーチューバーに便乗することにしました。

スィニョーレ オスクーロ、いったいどういう意味なんでしょう。「スィニョーレ」が「紳士」で「オスクーロ」が「暗い」とかって言う意味ですから、さしあたり「暗黒紳士」とかいうかんじでしょうか。

 

暗黒紳士...

 

...

 

暗黒☆紳士...

 

...

 

アンコクシンシェ...

 

...

 

この字面だけで彼がいかに面白い人間なのかがわかりますね。

 

まあ、勝手にコラボとか言っていますけど、もちろん許可はとってあります。実は、暗黒★紳士さん、私の友達(アミーコ)です。そう、彼も私の最高のアミーコの一人なのです。名前をルカくんと言います。

 

5.ルカくんとはだれなのよ

それでは、簡単にルカくんを簡単に紹介しておくことにします。

彼は、南イタリアのバーリという街の出身です。精神科医父親を持ち、海兵としての訓練も経て、時にはやんちゃをしながらも、やがて日本語を勉強することを決意し、そしてユーチューバーになり、現在イタリアの関連大会で活躍中です。

こうして文字面で見ると、経歴がすごすぎて圧倒されますね。

そんなルカくんは、現在、暗黒★紳士としてYoutubeで華々しい活躍を見せている。そういうわけです。

 

6.暗黒★紳士さんを紹介しよう

紹介するとなると、彼のアピールポイントを列挙していく必要があります。となると、まずは彼の名前と外見から語らなければならないでしょう。

 

彼はルカ・マルガリと言います。名前が「ルカ」、名字が「マルガリ」です。

 

そう「丸刈り

 

自分で嬉しそうにネタにしていました。そして名は体を表す↓((イラストはHさんからのもらいもの)

f:id:k-lieux:20170412234414j:plain

さあ、みなさん、彼の名前と顔を知った今、実物はどんな人なのか気になりませんか。

 

Yes, 気になる↓

www.youtube.com

 

アピールポイントはまだまだあります。たくさんあります。語れないほどたくさんあります。しかしみなさんは「百聞は一見に如かず」という中国のことわざをご存知でしょうか。そう、アピールポイントなどみなさんが見て判断すればいいのです。

 

百聞は一見に如かず↓

www.youtube.com

 

私は彼のアピールポイントを語るのが怖くさえもあります。語ったが最後、この記事は止まらなくなってしまうかもしれません。そして語れば語るほど、芋づる式に出てくることを私は確信しています。ですからあえて語らないのです。

 

芋づるを確信↓

www.youtube.com

 

私は一度も彼のビデオ見たことがありません。しかし、とても機智に飛んでいて、ユニークで大変斬新なビデオであることは確かです。感じるのです。彼のビデオでは、ユーモア溢れる暗黒★紳士さんが卓越した意見を理路整然と並べています。BBCニュースとかABCニュースとかその辺のサイトより、情報の信ぴょう性という点において確実に抜きん出ています。 

 

BBCニュース↓

www.youtube.com

 

残念ながら、なぜバナーにキツネがいるのかもさっぱり見当がつきませんが、きっと私には測りかねない深遠な意味があるに違いありません。きっと私は深淵を覗きこんでおり、彼は純真なまなこでこちらを覗き返しているに違いありません。

深淵を覗こう↓

www.youtube.com

 

迷っている暇はありません。BGMとしても最高ですよ?

 

最高のBGM↓

Signore Oscuro - YouTube

 

面白いですよ?↓

Signore Oscuro - YouTube

 

ほらほらぁ↓

Signore Oscuro - YouTube

 

 

というわけで、勝手に暗黒★紳士とコラボすることにした当ブログでは、彼のビデオを紹介していく...かもしれません。

 

 

7.これでアクセス数が跳ね上がること

は間違いありません。

むしろごめんなさい。跳ね上がりすぎてごめんなさい。

  

 

 

 

 

 

*1:勉強は?

返事に困ったときは寝ればいいじゃない、イタリア語だもの⭐️

というわけのわからないタイトルをつけてみました。わけがわからなくても話は続きますよ。

 

さて、みなさんは

「すぐに返事できない、だからもう少し待ってほしい」

そんな経験ありませんか。

ありませんか。

そうですか。 でも話は続きますよ。

 

すぐに返事ができないときみなさんはなんといいますか。

「ちょっと考えさせて」

ですか。

「鋭意検討させていただきます」

ですか。

はたまた

「なにとぞ事情ご賢察のうえご了承くださいますようお願い申しあげます」

ですか。

 

なんでもいいからとりあえずその場はしのぎたいですよね。でもそういうとき、どう言えばいいのか日本語でも悩んでしまう、そんなことありませんか。

 

個人的な話をすると、私はとても気が弱く、相手の依頼や要求を断れないことが多々あります。そういうときにバシッと「いいえ、結構です」って言えればいいのですが、それが言えないという私のこの感覚、共感いただけますでしょうか。だいたいわけのわからない言い訳とか一般論とかを並べて、グダグダグダグダと長いフレーズを作ります

いや、その、別にどちらが悪いとかというわけじゃないんですけれども、なんていうか、その、考えさせてほしいというか、いや、つまり、あの、一概には言い切れないというか、ご賢察いただければ幸いかとは存じるんですけれども、その...つまり、いや、考えてみればその言い方も失礼かもしれませんが、その、一般的に考えてみるとなかなか難しそうだなあという感じがするんですけれども、もちろん個人差があって、これも十把一絡げには言えないんですけれどm......

言い訳で言い訳を塗り固めて城を築き上げ、自分の保身に入るわけです。自信がないから言い訳が増え、言い訳にも自信がないからそれにも言い訳をするという史上最低の悪循環。保身ばかりを考えた保身王子とは私のことです....

 

話が逸れました。戻します。

 

ということで、難しい依頼や要求に対してイタリア語で役に立ちそうなフレーズを勝手に4つ厳選しました。ブログで流行りのキャッチーなタイトルをつけるのであれば、そう、

 

上級者のみが知っている依頼を体良く断るイタリア語フレーズ4選

 

です*1

 

 

 

上級者のみが知っている依頼を体良く断るイタリア語フレーズ4選(ドゥゥヤァ

 

 

1.簡単ワンフレーズでごまかしたい人にオススメ

 

Vediamo.

ヴェディアーモ

「考えてみよう」

  

よく使います。動詞 “vedere(ヴェデーレ)(見る)” の一人称複数形です。お互いに状況を見守ってみましょう、というニュアンスでしょう。困ったときのヴェディアーモです。あーなんかこいつ変なお願いしてきたな、と思ったらヴェディアーモと唱えましょう。あーヴェディアーモ、ヴェディアーモ(意訳:うるさい、うるさい)。

 

2.日和見スタイルの人にオススメ

 

Poi si vede.

ポイ スィヴェーデ

「まあそのうち...、ね」

 

これもよく使います。先ほどと同じ動詞 “vedere(見る)(ヴェデーレ)” を非人称構文で使って、 “si vede(スィ ヴェーデ)”。 非人称構文は「誰とはなく〜」という一般論なんかを述べるときに使います。そこに “poi(ポイ)”という「そのうち」をつけて、「そのうち見えるさ」、つまり「まあ、様子を見よう」です。日和見スタイル

 

3.相手にできるだけ配慮したい人にオヌヌメ

 

Ci penso sopra.

チ ペンソ ソープラ

「考えとくよ」「考えさせて」

 

“penso(ペンソ)” は、 “pensare(ペンサーレ)(考える)” の一人称単数系です。そして “sopra” は、前置詞で、基本的には「上」という意味を持ちますが、ここでは英語の “about”、つまり「〜について」くらいの意味だと思っていただいて結構です。そして “Ci(チ)” は、ここでは抽象的な場所を表す要素です。まあ、簡単に言ってしまえば、あとから出てくる “sopra(〜の上)” という場所(ここでは話題となっている依頼や要求のことですが)を先取りしている的なところでしょう*2。 “penso” という「考える」の一人称単数形が用いられていますから、かなり能動的な姿勢を見せられます*3積極的に検討しているよ、という配慮を見せたい人にオススメです。

 

4.もう依頼とか要求とか面倒だし、寝よう、というスタイルの人にオススメ

 

Ci dormo sopra.

チ ドルモ ソープラ

「なにとぞ事情ご賢察のうえご了承くださいますようお願い申しあげます」

 

“Ci” と “sopra” は先ほどのと全く同じです。そしてここでは “dormire(ドルミーレ)(眠る)” が使われています。直訳すると「それについて眠ります」です。「寝る」ということは、つまり、「1日は最低でもかかりますよ」という意味ですから、かなり一生懸命考えますよ、という意味です。なおかつ、「なにとぞ事情ご賢察のうえご了承くださいますようお願い申しあげます」的な、もうその提案は受け入れられないよ、という確固たる意志の表示でもあります。面倒くさいから、「ごめん、寝るわ」というフリースタイルを貫きたいあなたにオススメです。

 

いかがでしたでしょうか。もっとたくさんいろいろな言い方があると思いますが、とりあえずここでは厳選に厳選を重ねた4つを挙げさせていただきました*4

 

 

というわけで一句できました。

 

お返事に

困ったんなら

寝ればいいじゃないイタリア語だもの☆

(自由律俳句)

 

 

全然まとまってませんど、お先に失礼しますねオヤスミナサーイ

*1:私のドヤ顔が浮かぶでしょう?

*2:もしかしたらこんな適当な議論していたらいけないかもしれませんが、目をつぶってください。

*3:実際にこんな感覚がイタリア人にあるかどうかは聞いてみないとわかりませんが、聞くのがめんどくせいので聞きません。またどこかで聞いたら追記します。

*4:嘘です、これくらいしか思いつかなかっただけです。

イタリアには合コンなんてないんだって

なんかあまりにもくだらないことを、私の竹馬の友のFくんが真剣な顔をして熱く語ってきた。いや、顔が縦に細長いのでどちらかというと竹友の馬のFくんといった方がいいかもしれない。ちくゆうのうま🐴

彼は私が留学中にイタリアで仲良くなったちくゆうのうま🐴

 

さて、彼がした話をまとめておこうと思う。

彼は「イタリアにおける合コンに関する理論的分析」などとけったいなタイトルを自分の話につけていたが、まあ、要するに「イタリアには合コンがない」ということを熱く語っていただけ。

昨今日本は、空前の「〜活ブーム」っす。「就活」ももちろんっすけど、人生を快く終えるための「終活」、腸の動きを活発にするための「腸活」、お尻が引き締まっている「プリケツ」*1...なんにでも「活(動)」をつけて活動したがっているんですよね🐴

とはじめたFくん。なるほど、そうかもしれない。

日本国民はもはや、活発に動き回るモンスターなんです!そして、その中でも特に、婚活!これについて語りたいんす🐴

ほうほう、なるほど。確かに。その通りだ。「婚活」なんてよく聞くね。 電車広告でもよく見るね。そういうアプリもたくさんあるよね。

そう、そうなんすよ。その、婚活 ―すなわち、男女が会合を開催し将来の伴侶を探す活動―が盛んに行われているんす。ところで、我が国では、将来の伴侶を見出すために、「合コン」という手法が古来より用いられてきたんですよ。でも、この「合コン」という手法はイタリアには存在しないんす🐴

 とか言ってたのだが、つまるところ、彼は顔が縦に長い、それに尽きる。

イタリアに「合コン」が存在しない理由を多面的見方より考察し、日本とイタリアの男女交遊における差を明らかにしたいんす🐴

とも言っていたが、どう見ても顔が縦に長い。

こういう研究ってあまりないと思うんすけど、主に友人同士の交友関係という観点からぶn...🐴

やっぱり顔が長い。

 

正直彼の分析をあまり覚えていないのだが、うろ覚えながらも頑張って思い出しながらふわっと彼の分析を書いておく。

 

1.友達の友達という関係の捉え方

イタリア人にとって、友達の友達は私の友達。何かの集まりがあると、みんなが思い思いに自らの友達を連れてくる。そこには大勢の人が集まり、知り合いか知り合いじゃないかにかかわらず親交を深める。国民総パーティピーポー。そんな彼らのよく使う表現がこちら。

 

Più siamo, meglio è.

ピュ スィーアモ メッリョ エ

「いっぱいいればいるほど楽しいじゃーん」

 

日本人は、友達の友達との関係性を築くには時間がかかるために、友達同士の集まりで、相手の友達を連れて行くのは基本的に避ける。つまり、イタリアと日本では「友達の友達」の捉え方が異なる。

 

2.「場」の重要性

日本人は、「婚活パーティ」や「合コン」という特殊な「場」があって初めて「知らない人と交友を深める」という姿勢になる。一方のイタリア人は、友達の友達は私の友達なので、「場」など必要ないらしい。

日本は"tutti parlano con i loro amici(みんなそれぞれの友達と話す"のに対し、イタリアは"tutti parlano con tutti(みんなみんなと話す)"ということだ。

つまり、イタリア人は、まあざっくりいってしまえば、ただのなんでもない集まりでもアプローチをかけることができるのに対し、日本ではアプローチのために特殊な「場」を必要とする、ということである。

 

というわけでイタリアには合コンがないみたいなんすよ〜🐴

 

とまあ、個人差が大変大きいところではあると思うが、まあだいたいこんな感じのことを話していた。

他にもいろいろ言っていた気がするが、全く思い出せない。

ただ一つだけはっきりと覚えていることがある。

 

 

 

 

 

 

 

真面目に話している最中も彼はやっぱり顔が長かったということだ*2

 

 

Fくん*3

 

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*1:ごめんなさい、Fくんの代わりに謝ります。

*2:当記事はFくんの許可をもらわないでもらって書いています(事後承諾)。

*3:イラストはHさんからのもらいものです。

【ナポリの話】すごーい君はスリが得意なフレンズなんだね!

みなさんは、イタリアのナポリという町を知っているだろうか。

南イタリアで有名な町の一つであり、美しい歴史的港町、美味しいピザ、暖かい人々、そんなイメージがあるかもしれない。

ただ、気をつけてほしい。この町は軽犯罪がハンパないことで有名だ。

そして、か弱い私もその軽犯罪の被害者のひとりだ。そんなかわいそうな自分の経験を語ることで、みなさんに注意喚起をしたい、そんな気持ちでこの記事を書いている。

 

あれは、私がナポリの地下鉄に乗ろうとしたときのことである。私はいつものように颯爽と、そして圧倒的かつ先駆的なオーラを放ちながらエスカレーターに乗り込んでいった。

するとそこに一人の汚らしいおじいさんがやってきてこう言ったのである。

 

「....ット」

 

聞こえない。そこで私は紳士的にこう返したのである

 

「なんですかー?」

 

するとむこうはこうだ。

 

「...エット」

 

そしたらこっちはこうだ。

 

「なんですかー?」

 

「...エット」、「なんですかー」、「...エット」、「なんですかー」

 

しばらくこのやりとりを繰り返すこと10秒ほど、ようやく彼が「ビリエット(切符)」と言っていることに気づいた。どうやら、私にちゃんと切符を買ったかどうか聞いているらしい。

というのもイタリアは改札が壊れていることが日常茶飯事で、チケットなしで乗る人も多いからだ。

しつこいおじさんに嫌気がさした私は、財布を取りだし、そこから切符を取りだして見せることにした。するとおじさんはグイと近づいて、私の手の切符を指差しながら、また聞こえない声でブツブツと何かを言い出したのである。

そして問答すること30秒ほど、どうやら向こうは「しっかり改札を通してこい」と言っているみたいだ。確かに、私は切符を改札に通していなかった。ただそれは、改札が壊れていたからどうしようもなかったということもあったし、そもそもそのときの私のチケットは1日パスだったのでそんなものしようがしまいが関係なかったということもある。しつこいおじさんに嫌気がさした私は、もう一旦戻って改札を通すフリをすることに決めた。

 

「わかった、一回戻って改札通してくるよ」

 

すると向こうは嬉しそうに頷いて「行って来い」というのである。

そこで私は気づいたのである。財布の中にあったはずのお金がないことに。財布は手に持っていたのに。

そう、やられたのである。

 

わざと聞こえない声で話し、

イタリア語が下手なフリをし、

チケットで目をそらさせ、

お金を盗る。

 

 

ときたわけである。

 

 

 

「やられた」

 

 

 

しかし、屈強なオーラをまとい、おそらく身長がゆうに4mは超えている私はそのままでは引き下がらない。手はガクガク震え、失禁をし、声はかすれながらも、凛とした態度でこう言ってやった。

 

「お金を返していただけませんか(お金を返せや、このウスラボケがアァ!!)」

 

すると、向こうは不思議なことにすぐ返してくれた。自分のカバンの中に、お金を持ったまま手を突っ込んで隠していたようだ。

ただでは返してくれないかもしれない。そう思っていた私は少し拍子抜けした。それどころか、向こうは、「おめでとう!よくやった」と私を褒め称え出した。わけがわからないとはまさにこのことである。

 

さて、そんな話を友人のお父さんにしていたら、面白いことを教えてくれた。

どうやらナポリには「スリの学校」なるものがあり、そこの卒業生は、

「矜持をもってスリをやっている」

らしい。つまり、彼らにとってスリとはマジックの一種。タネに気づかれなければ、勝ち、戦利品をいただく。気づかれたなら負け、戦利品は返す、ということになっているらしい。

 

なるほど、さすがナポリ。スリにも矜持があるのか、感心感心。

 

 

 

 

 

ってならないから!!

 

 

 

すごーい、君はスリが得意なフレンズなんだね

ってならないから!! 

 

 

 

まあ、とにかくそんな経験をしたわけで、当方、ナポリが大嫌いになった

 

 

思えば、ナポリの地下鉄の駅の前で携帯を落として、バッテリーもろとも吹き飛んだのもきっとナポリが悪いから。

ナポリのスーパーのレジのおっちゃんの目つきがこわかったのも、暑いひざしで日焼けしすぎたのもきっとナポリのせい。

 

小学校の時に漏らしたのも、中学校のとき数学のテストが9点だったのも、高校の時スポーツ大会で負けたのも、大学で恋に敗れたのも、きっとナポリのせい。全部ナポリのせい。あーあーあー、きこえなーい、何もきこえなーい。

 

 

 

 

 

  

あー、ナポリタン食べたい。

イタリア人は浮気性か

というクラシックな問題に取り組むに当たって、先に述べておかなければならないことがある。

当記事が勝手な印象に基づいた適当な記事であるということである。

そこのあたりを理解して読み進めていただければ幸いだ。

 

さて、「イアリア人は浮気性ですか」というある種偏見化したステレオタイプ的な質問に答えるために、何から語ればいいのか見当もつかないが、ここは、私の親友のアダルベルトくんの話をすることでなんとなく答えに迫ろう。

なぜ彼を選んだかというと、彼が稀代の「おんなたらし」と呼ばれているからだ。彼について語ることで、イタリア人は浮気性かという掲題の問題に迫ることにしよう。

 

アダルベルトくんとはかれこれ8年来の付き合いになる。ルームメイトだったこともある。身長は190cm、体格も良く、イケメン、性格よしの最高のアミーコ(友達)だ。

彼のいいところを語りだすとキリがないが、まず、名前を見て欲しい。彼の名前、"Adalberto"には日本人の苦手な"L"と"R"がちりばめられている。初めて会った時に彼の名前をきちんと発音できずにあたふたする私にこう言い放った。

AHAHAH、気にするな、"Ada"でいいじゃないか。

相手をからかうことなく、解決策まで提案する。最高だぜ、アミーコ。

 

そんな彼は遅刻魔でもある。ある時一緒に別の場所にいる友人に会うことになった。だいたいバスで30分はかかる場所だ。しかし約束の時間の30分前になってもも準備を始めない。おいおい、大丈夫か、と焦る私に彼はこう言った。

AHAHAH、まだ30分もあるじゃないか。時間はたっぷりある。さあ、パスタを茹でよう。夕食の時間だ。

約束の時間になっても夕食を優先する。最高にクールだぜ、アミーコ。

 

そんな彼は、また、お茶目でもある。台所の時計の電池が切れたので、電池を交換した時の話である。その時計は高い位置にあったので、取り外しを彼に頼んだ。彼は、「オーケー、任せろ」と快諾。 時計を外し、そして電池交換後に戻してくれた。しかし、明らかに戻し方がおかしい。「それでは落ちる」という私を尻目に彼は満足げに「ペルフェット(完璧だ)」と言って立ち去った。

そして案の上落ちて時計は粉々に砕け散った。その時、大真面目に彼が言った言葉がこうだ。

おい、おかしいぞ、僕は確かにきちんと戻した。お化けがいるにちがいない。

お化けのせいにすんな、間違いなくお前のせいだ、アミーコ。

 

さて、話がそれだしたので本題に戻る。そんな最高にクールでお茶目な彼は「おんなたらし」と友達から呼ばれている。

 

ある日アダルベルトはアパートに朝帰ってきた。おいおい、何をしてたんだ、と聞く私に恥ずかしがりもせず満面の笑みで背中を見せながら、彼はこう言った。

この背中の傷を見ればわかるだろう。

激しいプ◯レイに興じていたらしい。伝え方が最高にイカすぜ、アミーコ。

 

ある日アダルベルトは、勉強を教えて欲しいと言ってきた女子を部屋に連れ込んで2時間出てこなかった。二時間後彼女を見送ってから彼はこうつぶやいた。

やれやれ、困ったしつこい女だぜ。

もう何もいうまい。羨ましいぜ、アミーコ。

 

ある日、彼はこう言った。

あそこでしたことがある。

おいおい、そこは外だぜ、アミーコ。

ある日の彼はこうだ。

三人でするのはなかなk...

もう皆までいうな、アミーコ。

 

 というわけで、彼の周りにはなぜか女子が寄ってたかっていた。一言でいうなら人気者だったのである。正直超魅力的なやつだった。男も惚れるというやつ。「おんなたらし」ではない。彼は「ひとたらし」だ。

そして大事な点はここだ。

彼は一度たりとも恋人を裏切ったことがない。

これは確実だ。恋人がいる時は、どんなに恋人と問題を抱えている時でも、真摯に向かい合い、たとえ女子が寄ってきても相手にしなかった。これを誠実と呼ばず、なんと呼ぶのか。

そんな私は、彼に敬意を込めて、彼に最高の日本語を教えた。

「おんなたらし」

そして彼が覚えた唯一の日本語となった、

「オンネテレーシ」

 

 

さて、ここから導かれる結論は、皆さんももうお分かりであろう。

イタリア人は人たらしであって女たらしではない。

個人的な感想に過ぎないが、日本人とイタリア人で違いはほとんどなく、もし仮にイタリア人の方が浮気性に見えるなら、それはそいつらが「人たらし」だからだ。これが私の結論。

 

 

そういえば、最近あまり彼と連絡を取っていなかった。

ということで彼にメッセージを送った。

 

Tu sei onnatarashi?
 
Tu lo sei di più mio caro 😎

 

 

「君は女たらしかい?」

ー「君の方がおんなたらしだよ、友よ😎」

 

 

 

 ...

 

 

 

 

...

 

 

 

 

 

おい^ ^

 

 

 

時計を落としたアダルベルトくん?*1

 

 

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*1:イラストはHさんにもらいました

【アリーヴェデルチ】ブチャラティの必殺技の言い方を直してほしい【さよならだ】

ずいぶん前から思っていたことがある。

 

ジョジョの奇妙な冒険』の5部に出てくる登場人物の一人に、ブローノ・ブチャラティという最高にイカすやつがいる。あいつのスタンド(要は特殊能力)も最高にイカす。そのカッコよさをここで絵つきで紹介することができないので、ぜひ以下のサイトで確認してほしい。小学生の時にした妄想のザ・具現形である。

matome.naver.jp

そしてこの超イカす奴の必殺技が「とりあえずたくさん殴る」というものだ。イカす。最後は結局物理的な攻撃に終始するところが最高にイカす。そして彼はその必殺技(ザ・タコ殴り)を放つ際にこういうのである。ちなみに動画もつけておこう。

 

リアリアリアリアリーヴェデルチ!!

 

www.youtube.com

 

イカさない。最高にイカさない。彼にはぜひ反省してほしい。

まず、「アリーヴェデルチ」は間違いなくイタリア語の「さようなら」を意味する"arrivederci(アリーヴェデルチ)"からきている。そう"arrivederci(さよなら)"だ。

彼はこれを「アリアリアリアリアリーヴェデルチ」と言うわけである。違う。形態素解析(要は言葉をパーツに分けること)がなってない。

"arrivederci"は以下のような形態素(要はパーツ)に分けられる。

 

"a"-英語の"to"不定詞みたいなやつ。要は後ろに動詞の原型がくる。

"ri"-「再び」という意味を表す接頭辞。要は何かにくっついて「もっかい!」という意味を表す。

"vedere"-「見る」

"ci"-「私たち」という意味の接辞代名詞。要は何かにくっつく代名詞。

 

というわけでカタカナで表記すると「ア」「リ」「ヴェデーレ」「チ」となるわけである。ちなみに「チ(私たち)」がつくと「ヴェデーレ」の最後の母音の"e"が落ちるので「ヴェデール」となる。

さて、これを踏まえて、新しいブチャラティ氏の必殺技を考え直そう。

 

1.もう全部わけちゃう。

 

ア、リ、ヴェデーレ、チ!!!

 

これで文句なしだ。あいつちゃんと形態素解析できてるな!となって第二外国語の成績はA判定。

 

2.ヴェデルチは一緒にする。

 

アー、リー、ヴェデルチ!!

 

これもいい。なぜならそもそも「チ」は何かにくっついてなければいけないやつだから。お、こいつ、むやみに形態素解析しないでちゃんと考えてるな、となる。

 

3.リヴェデルチは一緒にする。

 

アー、リヴェデルチ!!

 

これもいい。だって「リ」も何かにくっついていなければいけないやつだから。それに、「ああ、あのリヴェデルチね」みたいな感じがして納得がいった感じにも聞こえる。素晴らしい。

 

4.もう分けない。

 

アリーヴェデルチ!!

 

これもいい。そもそも"arrivederci"は「さようなら」という定型句(要はまとまって一つになってるやつ)だ。「さようなら」が「さよう」「なら」でできてるからといって、誰がそこで分けようか。したがって、これもいい。最高だ。

 

しかしここまで挙げた可能性には重大な欠点がある。

 

 

このままでは大変殴りにくい。

 

 

ということである。やはりどこかはリピートしたい。そこで第五の選択肢である。

 

5.「ア」だけ分けて繰り返す。

 

アッ、アッ、アッ、アッ、アリーヴェデルチ!!

 

これが正解である。「ア」は何かにくっついていなくてもいい。「ア・リヴェーデルチ」が本来の形。定型句の一部を繰り返すのは野暮だけど、ブチャラティがこれで相手を殴りたいというのだから仕方ない。「ア」を繰り返すということで手を打とう。

これは烏賊す。言語学畑の人間にも配慮したブチャラティ。最高だ。

 

いかがだっただろうか。いかに「アリアリアリアリ」と繰り返すのが言語学的に無意味であることがわかっていただけただろうか。

ちなみに、アリーヴェデルチ」は語源的にも用法的にも「もう一回会えることを強く願って」の「さようなら」なので、そこも間違い。できれば"addio(アッディーオ)"といってほしい。

arrivedérci in Vocabolario - Treccani

 

それでは、私の気も晴れたので、みなさん、あっあっあぅあぅありーゔぇでるちぃ!!